内 容
統制的国家において、科学はいかにふるまうのか? 空疎なイデオロギー話法を乗り越える、厳密で普遍的な科学言語として期待されたサイバネティックス。この「自由の道具」が、数学・生物学・生理学・言語学などソ連科学界を席巻した末に、社会の科学的管理をめざして体制化していく道程をヴィヴィッドに描きだす。それは彼方の世界か、あるいは我らの鏡か?
著者紹介
スラーヴァ・ゲローヴィチ
(Slava Gerovitch)
1963年、モスクワ生まれ。1992年、モスクワの自然科学・技術史研究所にて博士号(科学哲学)取得。その後、アメリカに渡り、1999年に MIT にて博士号(科学史・科学社会学)取得。現在、MIT にて科学史を講じる。本書により Wayne S. Vucinich Book Prize を受賞。ほかの著書に、Voices of the Soviet Space Program(2014年)、Soviet Space Mythologies(2015年)などがある。
(所属などは本邦訳刊行時のものです。)
目 次
序文と謝辞
序 章 言語のプリズムを通して見るソ連の科学と政治
1
—— ソヴィエト科学の〈ニュースピーク〉
冷戦期科学における軍事とイデオロギー間の優位争奪
知識とイデオロギーの境界線の移動
〈ニュースピーク〉の基礎知識
科学的な〈ニュースピーク〉
浮遊するシニフィアンとしての「
数学における形式から「形式主義」へ
言語学における文学的形式から「形式主義」へ
生理学における「観念論」の亡霊
2 サイバースピーク
—— 人間と機械のための普遍言語
ノーバート・ウィーナーとアンドレイ・コルモゴロフ
—— 生物学に挑む二人の数学者
フィードバックによる
生命の秩序 —— エントロピー低減マシンとしての生物
工学的問題としてのヒューマン・コミュニケーション
—— 「情報源」としての人間
普遍的な論理機械としてのコンピュータと心
脳の論理 —— チューリングマシンとしての神経系
脳としてのコンピュータとコンピュータとしての脳
サイバースピークの誕生とサイバネティックスの登場
サイバースピークの普遍化
サイバネティックスのバンドワゴン
3 「通俗的疑似科学」
ソヴィエトという文脈内でのサイバネティックス思想とその
サイバネティックスの起源にあった「ロシア・スキャンダル」
儀式としての戦後イデオロギー・キャンペーン
サイバネティックスの「スキャンダル」
批判の系列再生
冷戦時代の「数理機械」としてのコンピュータ
コンピューティングの軍事的定義 —— イデオロギー抜きの技術
ソヴィエトのコンピュータ —— 国家機密か「
ニュースピークとサイバースピーク —— 冷戦時代の2つの言語
4 サイバネティックスの叛乱
新しい言語を求めるソヴィエト科学
ソヴィエトのコンピュータ —— 機密解除と神格化
客観性の模範としてのコンピュータ
進退窮まったソヴィエト哲学
〈ニュースピーク〉によるサイバネティックスの擁護
サイバネティックスに対する国防上の擁護
〈ニュースピーク〉に挑戦する〈サイバースピーク〉
サイバネティックスと遺伝学 —— 共通の利害
ソヴィエト哲学に挑戦するサイバネティックス
サイバネティックスの正当化
5 ソ連科学の「サイバネティックス化」
〝取引場=交渉圏〟としてのサイバネティックス
制度的「傘」としてのサイバネティックス評議会
生物サイバネティックス ——「遺伝情報の単位」としての遺伝子
数学的な「生命の公理」
生理学的サイバネティックス —— テクノロジーの対象としての脳
「人間は、これまでのあらゆるサイバネティック機械の中で最も完璧な存在である…」
言語サイバネティックス ——「精密科学」としての言語研究
機械翻訳から言語理論へ
サイバネティックス研究所の運命
「サイバネティックスとは何か」
6 共産主義に奉仕するサイバネティックス
「統治の科学」としてのソヴィエト・サイバネティックス
サイバネティックスの「弁証法的唯物論化」
サイバネティックスの流行
「軍事サイバネティックス」から「経済サイバネティックス」へ
国家規模での最適意思決定 —— 願望と制約
「最適計画」—— 経済改革の手段か、それとも障害か
体制に奉仕するサイバネティックス
サイバーニュースピーク —— 社会の科学的管理
サイバネティックス・ゲームの終焉
終 章 ソヴィエトのサイバネティックス
—— プロメテウスかプロテウスか
自由の道具としての〈サイバースピーク〉
資本主義と共産主義の普遍言語としての〈サイバースピーク〉
解説(金山浩司)
訳者あとがき
註
事項索引
人名索引
書 評
『現代史研究』(第69号、2023年12月、評者:伊豆田俊輔氏)
『週刊ダイヤモンド』(2023年3月4日号、評者:佐藤優氏)
関連書
『20世紀物理学史』(上下巻) ヘリガ・カーオ 著/岡本拓司 監訳/有賀暢迪・稲葉 肇 他訳
『客観性』 ロレイン・ダストン,ピーター・ギャリソン 著/瀬戸口明久・岡澤康浩・坂本邦暢・有賀暢迪 訳
『アインシュタインの時計 ポアンカレの地図』 ピーター・ギャリソン 著/松浦俊輔 訳
『リヴァイアサンと空気ポンプ』 スティーヴン・シェイピン,サイモン・シャッファー 著/吉本秀之 監訳/柴田和宏・坂本邦暢 訳
『科学ジャーナルの成立』 アレックス・シザール 著/柴田和宏 訳/伊藤憲二 解説
『ロボットに倫理を教える』 ウェンデル・ウォラック,コリン・アレン 著/岡本慎平・久木田水生 訳
『イノベーション概念の現代史』 ブノワ・ゴダン 著/松浦俊輔 訳/隠岐さや香 解説