内 容
世界史の「見えざる焦点」、そこでは何が起こっていたのか ——。西欧・正教・イスラームの三つの世界が接する境域地帯に視点を定め、近代へと移行していく複雑な「世界の一体化」プロセスを、政治外交面から、多言語の一次史料に基づいてつぶさに描き出した、世界的にも稀有な労作。
目 次
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序 章 西欧・正教・イスラーム世界の狭間で
1 本書の課題
2 「世界の一体化」とワラキア・モルドヴァ
3 オスマン帝国秩序の中のワラキア・モルドヴァ
4 研究史
5 史料について
6 本書の構成
第1章 18世紀前半までの西欧・正教・イスラーム各世界間の政治的相互関係
—— オスマン帝国の優位から西欧・ロシア・オスマンの均衡へ
1 17世紀後半までの西欧世界・正教世界・イスラーム世界
2 17世紀末-18世紀前半の西欧・ロシア・オスマン関係の変化
第2章 18世紀前半までのワラキア・モルドヴァと周辺世界
—— オスマン帝国との宗主-付庸関係、西欧・ロシアとのつながり
1 17世紀後半までの両公国をめぐる国際関係
2 18世紀ファナリオット時代の両公国と周辺諸国
第3章 キュチュク・カイナルジャ条約
—— 国際問題としてのワラキア・モルドヴァ問題の出発点
1 ロシア・オスマン戦争(1768-74)の開始と両公国の状況
2 和平への動き
3 ロシア・オスマン間の和平交渉とキュチュク・カイナルジャ条約
第4章 1774年以後の三世界間の政治的相互関係
—— ロシアとハプスブルク帝国によるワラキア・モルドヴァ進出の開始
1 両公国へのロシアの進出とその挫折
2 ロシア・ハプスブルク帝国の領事館開設問題と1784年の協約
3 公任免問題とロシア・オスマン戦争(1787-92)
第5章 共和国フランスのワラキア・モルドヴァ進出
—— フランスとイギリスの両公国問題への関与の始まり
1 共和国フランスの両公国進出
2 1802年のワラキア・モルドヴァ公宛勅令とその背景
第6章 ナポレオン戦争期のワラキア・モルドヴァ問題
—— フランス・ロシア・オスマン帝国の狭間で
1 ロシア・オスマン戦争(1806-12)の勃発要因としての両公国問題
2 戦争中の動きとブカレスト条約
終 章 近代移行期における三世界の中のワラキア・モルドヴァ
—— その後の展望とまとめ
1 ウィーン体制下の両公国問題 —— 概観と展望
2 まとめ
あとがき
注
文献目録
索 引