『ストレスと筋疼痛障害』推薦のことば:菊地臣一 氏
『ストレスと筋疼痛障害』推薦のことば:
菊地臣一氏(福島県立医科大学 理事長兼学長)
近年、作業関連性筋骨格系障害(work-related musculoskeletal disorders:WRMSD)の個人、組織、そして社会に対する甚大な影響とコストの増加は、もはや無視できなくなっている。北米や欧州では、国家プロジェクトとしてその対策が急がれているのが現状である。
そのWRMSD の診療では、腰痛の研究を契機として、疼痛の病態の捉え方が劇的に変化してきている。腰痛を例にとれば、従来の「脊椎の障害」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」へ、「形態学的異常」から「形態・機能障害」へという流れである。また、椎間板の「外傷」が疼痛の原因とする考え方にも疑問が呈されてきている。それと同時に、疼痛の増悪や遷延化には、従来われわれが認識している以上に早期から、心理・社会的因子が深く関与していることも明らかになった。
この新たな概念では、目で捉えられる障害のみならず、目に見えない機能障害にも目を向けることの重要性を提示している。WRMSDでも例外ではない。このような考え方に従えば、治療は多面的・集学的アプローチが必須となる。
本書は、世界の第一線の研究者を結集した筋骨格系障害研究センターが、筋骨格系障害の発生メカニズムから、治療・予防・リハビリテーションについて、基礎研究から応用研究にわたって達成した現時点における到達点を集大成したものである。本書では、新たな病態・認識の視点から、WRMSDは多種多様な心理的・社会的ストレスが関わっているということがEBMや実験的研究を基にして提示されている。
このような新たな概念に則して精緻にまとめられたWRMSDに関する本は、私の知る限り、世界で最初である。その中で用いられている「障害」という言葉には、疲労を含む機能障害を含んでいる。われわれが繁用している画像検査では捉えられない因子も障害発生に深く関与していることが明確に提示されている。この本の最大の特色は、筋組織に焦点を当てていることである。従来、医療提供側は単純X線写真やCTによって骨組織には関心をもって診療していた。しかし、MRIの導入により、今までみることのできなかった筋組織が見えるようになり、ようやく筋組織にも関心がもたれるようになってきた。また、自律神経の関与を強調していることも特筆できる点である。疼痛の伝達経路や疼痛の発現に交感神経が関与していることが最近になって立証されてきたことを考えると、その先見性が光る。今まで、WRMSDの筋肉や自律神経については、診療上、闇の部分であったことは否めない。そういう時代背景を考えると、この本は、この分野の研究や診療において、マイルストーンとなるであろう。
本書がきっかけとなってわが国でも、WRMSDにおける筋肉の関与に対する理解が進み、WRMSDの予防や治療が大きく発展することが期待できる。その結果、国民の作業環境や作業者のQOLの大幅な改善が得られるであろう。