『日本書史』推薦のことば:高階秀爾氏
『日本書史』推薦のことば:
高階秀爾氏「書の歴史を文化史全体と結びつける」
著者は、文字は話し言葉を転写する記号であるという西欧の言語学理論に基づく通念を否定し、少なくとも中国、朝鮮、日本などの漢字文化圏においては、文字=書字の登場によって言葉そのものが新しく生まれ変わり、西欧その他の文化圏には見られない独自な展開を示したというきわめて独創的な視点に立って、書の歴史を文化史全体の問題と結びつける。すなわち、漢字は一般にそう考えられているような単なる表意文字ではなく、表意・表音文字であるとともに言葉の発生源であり、文化の原動力ともなる役割を果たしてきた。そして日本は、中国から漢字を取り入れたが、その後、中国にはない仮名文字(ひらがな、かたかな)を生み出したことにより、他のどの国にも例を見ない特異な二重複線言語国家としてその文化を発展させてきたという。このような見方は、これまで専ら西欧の言語学をモデルとしてきた従来の日本語論には見られない斬新なものであり、日本語の本質を衝いた鋭い指摘として、学術的にも高く評価される。
『日本書史』は、優れた書の遺品を中心に日本の書の流れを辿ったものであるが、この独自の書字文化観に基づいている故に、単なる書道史ではなく、書風分析を通して日本文化の特質を浮かび上がらせる幅広さを持っている。特に中国時代、疑似中国時代、日本時代というこれまでにない新しい時代区分の提唱はきわめて説得力に富み、文学、建築、美術などの他の文化領域にも大きな生産的刺戟を与えると期待される。書の持つ文化的機能に注目した独創的研究書として本書を心より御推薦申し上げる次第である。