中国は開発経済学で解けるか —— 『開発経済学と現代中国』
中国は開発経済学で解けるのか
第一人者による透徹した中国経済論
—— 『開発経済学と現代中国』
序章 「3. 実験場としての中国」 から ——
【なぜ中国経済を取り上げるのか】
「…… 本書は開発論的視野から現代中国の経済発展過程とその特徴を観察し、整理、分析していくのだが、なぜ中国経済を取り上げるのか ……
…… われわれは中国はいま3つの転換過程にあると見ている …… すなわち、1つには貧しさから豊かさへという、いわゆる経済発展という転換過程である。1つは社会主義から資本主義、それも原始的な資本主義からより完成された資本主義へという体制移行といわれる転換過程である。そしてもう1つは近代化という転換過程で、資本主義先進国が達成してきた近代化過程を中国はかなり後方から追いかけてきている、といえる。現代中国は、こうした多面的かつ大規模な転換過程にあると考えられる。いうまでもなく、こうした3つの転換は相互に絡み合っている。経済発展をすれば財・サービスは増大し、多様になり、それは市場化という体制移行を推進する。市場化は逆に経済発展の動力になる。また、経済発展過程は市場化体制をいっそう資本主義的にするだろうし、それを促進するためには制度化、法治化という社会の近代化も必要になり、近代化が進めばルール化、制度化が進むから経済発展も体制移行もいっそう前進することになる。これら3つの転換過程を最も大規模に、かつ急激に実施している国、それが中国である。
中国の経済発展の特色はそれにとどまらない。まず、人口13億以上という世界最大の人口大国による近代における経済発展は例を見ない。人口第2位の大国インドがいま中国を追って成長しており、のちに本書の各所で取り上げるが、既存の開発論では解釈できない重要な争点 (issues) を中国 (およびインド) は投げかけている。たとえば、従来、人口が多く人口増加率も高いことは経済発展の障害と見なされてきたが (マルサスの罠)、なぜこうした国で今日高い経済成長を達成、維持できているのだろうか? これまでの開発論では地域格差がほとんど無視されてきたが、人口が多く、国土が広く、歴史の長い国ならば当然地域差も大きいはずである。それでは中国では地域格差はどの程度、またいかなるメカニズムの下で拡大してきているのだろうか?
次に、中国は共産党独裁体制の下での急速な開発・発展と体制移行、それに近代化を進めようとしているが、この点は同じ人口大国のインドとも異なっている。中国の広義の開発・発展がどこまで進むのか、とりわけ経済の市場化と政治の独裁体制とはどこまで両立可能 (compatible) なのか、よく取り上げられるテーマであるが、中国経済発展の行く末を考えるとき、避けて通れない争点である。しかし、経済開発・発展にのみ関心を持ってきた既存の経済開発論の枠組みでは、こうした政治問題を扱うことは適さない。
現代中国という複雑で巨大な存在に近づけば近づくほど、突きつけられる課題が大きく、かつ多様であるために、既存の手法で分析するのは無力なのかも知れない。しかし、そうであればあるほど、中国に接近し、それに挑戦することの意味は大きい。かつて毛沢東時代には中国が 「社会主義の理想」 を実現する場だと錯覚されたことがあった。まさに 「夢中」 (中国に夢を抱く) になった人々が相当数いたのである。しかし、そうした夢から覚めた今日、中国を単なる商売相手として見るか、あるいは政治、経済、軍事の全ての面で脅威と捉えるかの、どちらかに走る傾向が見られる。しかし、もう1つ別の見方があるのではないか。つまり、現代中国を社会科学の実験場として見る見方である。もし中国が、上述した3つの転換過程にあるとすれば、その全てにおいて中国は独特な転換を見せているように見える。実験ができない社会科学において、たとえば、われわれの持っている知識でどの程度解釈が可能なのか、われわれの目を確かめる実験場を中国は提供してくれているような気がする。そのためには、中国に 「熱中」 することなく、といって 「忌中」 することもない、少し離れた地点から、時には対象を 「突き放して」 見る必要があるだろう。……」
中兼和津次 著
定価/本体価格 3,990円/3,800円
A5判・上製・306頁
ISBN978-4-8158-0710-8 C3033
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