『国際移民の時代』 〔第4版〕:日本語版へのはしがき
『国際移民の時代』 〔第4版〕
日本語版へのはしがき
日本では、国際移民とその社会的影響に関する研究分野の展開は、比較的新しいことである。その背景には、日本は過去も現在も移民国家ではないという見方が大きな伝統になっていることがある。政治指導者、研究者、多くの国民は、移民は例外的な現象であり、日本社会の文化的同質性や社会的結束、国家安全保障を脅かす危険なものとみなしてきた。
しかし、本書で明らかにするグローバルな趨勢としての国際移民に関する多くの論点は、日本の国際移民にもあてはまるものである。実際、日本の社会科学者による国際移民研究は増加しつつある。経済のグローバリゼーションの波に乗りながら生活水準の向上を持続させようとする国であるならば、世界で生起している社会的・文化的変動から無縁でいられるはずがない。日本も、受入に消極的ではあるが移民国家である。日本政府は、経済変動や人口変動による移民への需要増加と政治的圧力との間の矛盾を、研修制度の実施と日系人受入を中心とした「サイド・ドアー」を利用するだけでなく、非正規移民労働者雇用という「バック・ドアー」を利用して解決しようとしてきた。しかし、民主主義国家には、強い市民社会が成長しているので移民の完全排除や、移民への社会的・文化的支援を無視することはできない。圧力は強まるばかりである。
日本の移民人口は、全人口の2%弱を構成するにすぎず、北アメリカ、西ヨーロッパ、オーストラリアに比べはるかに少ない。グローバルな経済停滞は、一時的に外国人労働者への需要を減らすかもしれないが、長期的には、構造的要因の影響が強まる。少子高齢化は移民を必要とする動きを強める。高い教育を受けた日本人の若者は工場労働などを避けるようになる。政府は、新技術導入のための投資を促進して生産性を高めようとし、労働集約的な企業は、低賃金労働を求め海外進出するに違いない。しかし、日本国内の建築現場での労働や、日本人のための各種のサーヴィス業務は海外移転するわけにはいかない。また、自動車工場のすべての業務は複雑に絡み合い、単純職務をすべて海外移転できるわけでもない。日本に単純労働は残るだろう。また、高齢者介護問題も介護労働者移民を必要とするに違いない。農家の若者は外国人花嫁に依存するようになってきている。
日本の研究によると、移民労働者はある特定の産業分野と職種に集中していることが分かる。雇用者は、安定した、訓練を十分積んだ労働者で、お気に入りの労働者を長く雇用したがるので、外国人労働者の定住の長期化を促す。移民の地位は法的に多様になっている。正規移民労働者である日系人は大企業で働く機会が多いが、非正規労働者たちは、しばしば中小企業かインフォーマル・セクターで働くことが多い。近年、日本でも移民家族の形成と移民労働者の集住、さらに宗教施設の建設、エスニック・ビジネス、エスニック・メディアなどを含むエスニック・コミュニティの発展が研究者によって明らかにされつつある。
しかし、日本の移民労働者の市民的、政治的、社会的権利の面で、少しずつ改善がなされているということは重要な変化である。地方自治体は、健康保険、教育、社会福祉サーヴィス分野で、正規移民だけでなく非正規移民労働者とその家族を対象とし始めている。移民労働者とその家族の社会統合のためのプログラムも導入され始めている。例えば、外国人への職業紹介センターや外国人児童・生徒の受入である。各種のヴォランタリー組織の支援活動も増加し移民労働者の権利拡張が進んでいる。
日本が文化的に多様な社会になることは間違いないと思われるが、このことが重大な社会的帰結を生みだす。日本国政府は、こうした新しい動きを全般的に無視しているだけでなく、移民政策を改善したり、移民労働者とその家族の権利を向上させる努力を怠っている。しかし、民主主義国家は、本来的に、すべての永住者を含んだすべての国民が経済、社会、政治過程に参加する傾向をもっている。一部の住民が分断され対立状況にあるような社会では、多数の人材が無駄にされてしまう。21世紀において成功する国々は、移民に対してオープンで、包摂的な社会をもっていなければならない。
外国人居住者を多く抱える都市の自治体では、民主主義国家の原則への理解が進んでいる。そこでは、基本的な社会サーヴィスや教育機会が提供されている。移民とその家族に対する差別と闘うことや、職場での平等、居住に関する権利の充実、そして、移民の文化的自由や言語的権利を法的にも認め、すべての住民が政府のサーヴィスに平等にアクセスできる社会をつくることが、日本政府の義務であると認識することが大切である。こうしたことは、「統合」、「多文化主義」、「社会的結束」などとさまざまに呼ばれているが、日本でもこうした問題を議論することが必要になってきている。文化の多様性を早く政府が認識し、対応を急いで移民やマイノリティの権利を確立すれば、将来の厄介な社会問題の発生を未然に防ぐことができるだろう。
私たちは、このたび、本書の翻訳が関根政美教授と関根薫氏の監訳によって、日本で刊行されることを大変うれしく思っている。初版の翻訳もご両者にお願いし、多くの読者を得ることができた。移民問題に精通している翻訳者たちによる日本語版の刊行が、日本の国際移民研究にグローバルな視点を追加し、今後の論争に大きな貢献ができることを切に期待している。
スティーブン・カースルズ
マーク J. ミラー