『中国返還後の香港』:第32回「サントリー学芸賞」選評・受賞のことば
北岡伸一氏(東京大学教授)による選評
【サントリー文化財団ホームページより】
筆者は今年(2010年)1月、97年の中国返還以来、初めて香港を訪れた。香港は変わりましたかと、何度も聞かれ、いや、相変わらず自由で繁栄しているようですねと、何度も答えた。大きな違いは、かつての観光客は日本発香港行きが主力だったのに、いまやその逆だということだ。先日ニセコに行きましたという人に大勢会った。それが香港の自由と繁栄の持続の証拠だろう。
現在、香港の経済規模は、世界の国・地域の中で39位、アセアンの国々と比べると、インドネシア、タイよりは下だが、マレーシア、シンガポールよりは上である。人口は7百万近く、イスラエルとほぼ同じで、ラオスやシンガポールより多いのである。
それにしても相手は13億の中国である。97年には、香港の繁栄は上海や広州の繁栄に吸収されてしまうだろうとか、香港の自由も長くは続かないだろうという悲観的な予測が一般的だった。返還の8年前、1989年には天安門事件があり、これに抗議する運動が香港では盛んだった。返還前の数年間には、パッテン総督が民主化政策を進め、中国はこれを強く批判していた。
しかし香港は自由で繁栄しているように見える。本書は、その基礎にある一国二制度の実態に正面から取り組んだ労作である。
第一章と第二章では、香港の政治に対する北京の統制力と、民主化問題が、それぞれ論じられている。他の地域とは異なり、中国は香港のトップを香港人に選ばせる(ただし拒否権は持つ)。そしてトップは有能な官僚に手腕を発揮させ、強力で効率的な行政を行い、繁栄を維持する。これに対し、民主化勢力も相当の力を持ち、選挙では勝利する。しかし議会は普通選挙と職能代表制とで構成されていて、職能代表部分では親政府の議員が当選する仕組みになっている。したがって、野党は政府に対して重大な障害になるほど強力ではない。しかし無視できる範囲ではない。しかも将来はすべて普通選挙にするという約束を政府はしている。それが具体化されるか、今後の注目点である。また、香港のメディアの自由が、なぜ、どれほど存続しているか、またそれが大陸にどう影響しているかを論じた第三章、香港の安定と繁栄をめぐる北京と香港の関係を分析した第四章、香港人意識を取り上げた第五章も、それぞれ充実している。
北京と香港は、香港の繁栄の継続をともに利益と考えて妥協し、協力する関係である。北京にとって香港の繁栄は重要な資産だし、今後台湾を取り込むについても重要だ。それゆえ一国二制度は今のところ成功している。しかしこれがずっと続くかどうかは分からない。中国政府が長期的視野にたって合理的に行動すれば、当分は続くだろう。しかし中国がそのように行動するかどうかは、分からない。分からないからこそ、この制度のダイナミクスに切り込んだ本書のような丁寧な研究が重要だと思う。
本書は、博士論文をもとにしたものであるが、丁寧で分かりやすい。3年間、香港総領事館で専門調査員として勤務したことが、その内容を臨場感あるものとしている。
著者・倉田徹氏の受賞のことば
【サントリー文化財団ホームページより】
研究の仕事に就いて以来目標としてきた、伝統と栄光あるサントリー学芸賞を賜ることとなり、高ぶる気持ちでその喜びを噛みしめております。
香港は歴史上、極めて多くの逆説的現象を生み出してきました。返還前の香港は、植民地ながら異例の経済成長を実現し、中国系の香港市民は異民族の支配下にありながら、そこから解放されることをこそ自由の喪失と予想し、祖国復帰を恐れました。これを受けて中国政府は、香港回収は民族の恥を雪ぐ勝利であると同時に、正当な権利であったにも関わらず、植民地期の体制を返還後も維持すると宣言しました。その結果、現在の香港は社会主義国家の中で資本主義の体制を持つ、「一国二制度」という逆説の極致の状態にあります。この逆説性の不思議さが、私が研究者として香港に見出した魅力であり、過去十年余りの私の研究とは、この奇妙な地を理解する術を見つけたいと、もがくことであったと言えます。
しかし、これは極めて厄介な作業でした。第一に、香港はその逆説性ゆえに、出来合いの定義によって理解されることを拒みます。国のようでもあり、地方のようでもあり、都市のようでもある香港の政治を、当方が「香港は〇〇である」と捕捉しようとすると、香港はすぐにそれに対する逆説的な現象を起こしては、私の思考を振り出しに戻してしまうのでした。
第二に、そのような香港を研究する価値を伝えることの難しさが、常に私を悩ませました。返還後の香港は、懸念されていた政治問題を起こすのではなく、期待されていた経済において深刻な危機に陥るという、逆説的なドラマを演じました。そのことは日本社会の関心を引くよりも、むしろその香港への興味を失わせることに繋がったようです。香港イコール中国の一部という単純化された理解が支配的になって行く中で、香港研究そのものに将来があるのかという重い圧力が、様々な意味で不安定な大学院生時代の私にかかり続けました。
拙著はこのような困難を乗り越えるため、香港研究ここにありと大声で叫ぶような気持ちで書きあげました。今振り返ると、思い入れの強さ故に随分冒険的なことも書きましたが、駆け出しの研究者の大味さを寛大な目でお許し頂き、賞を与える決断を下さったサントリー文化財団および選考委員の先生方の暖かいお励ましに、深く感謝しております。
尊敬する多くの大先輩のお名前に続いて、受賞者の列に自分が連なることに未だ違和感がぬぐえませんが、この賞に恥じない仕事を続けて行くことが、今後の私に課せられた使命であると考えています。